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戦火のピアニスト エイハム・アハマド 初来日公演のご報告

【プロジェクト終了報告(簡易)】

戦火に包まれ廃墟と化したシリアの戦場で、ピアノを弾き、歌い続けたピアニスト エイハム・アハマドさんが無事に来日を果たし、シンポジウムとピアノ演奏会を開催いたしましたのでご報告いたします。なお、詳細な事後報告を現在作成中ですので、完成次第改めてお知らせ申し上げます。

エイハムさん。日本への出発前の様子。

エイハムさんの招聘企画実現に向けて、様々な形でご支援をいただいた皆様、SSJ一同心からの感謝を申し上げます。クラウドファンディングでは1,714,000 円のご支援をいただきました。皆様のご支援が無ければ本企画は実現しませんでした。どう感謝の気持ちを表せば良いのか、適当な言葉が見つからないほどですが、本当にありがとうございました。

SSJの資金状況についてお問い合わせが相次いでおりますが、クラウドファンディングを通して私たちの手元には手数料を除いた1,399,310円が支給されます。ゆえに、本企画遂行に必要であったすべての費用をカバーすることは出来ておりません。引き続き、当団体の銀行口座にてご支援を募っております。詳細は、SSJ事務局(standwithsyria.j@gmail.com)までお問い合わせいただけますと幸いに存じます。直接のご支援をお申し出いただいた皆様にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。

エイハムさんは4月13日〜21日の日程で日本に滞在され、4月14日(土):シンポジウム@東京、4月15日(日):演奏会@東京、4月19日(木):演奏会@広島に臨みました。
21日にドイツにご帰国され、無事にご家族と再会されましたので、本プロジェクトは一区切りとなります。イベントの振り返りと共にプロジェクト終了報告とさせていただきます。


イベントのアップデート(SSJ事務局より)
4月14日:シンポジウム
シンポジウムには約230人のご来場者、多数のメディアにお集まりいただきました。
この日は、偶然にも米国によるシリア攻撃の日と重なりました。

キハラハント愛東京大学大学院准教授(SSJ顧問)の開会挨拶で幕を開けました。
ご挨拶では、エイハムさんの来日に至るまでの困難を鑑みて
「血と涙の結晶だと思います」と振り返りました。

ご来場者、メディアの関心もそこに集まっていたようにも思いますが、そのような中でも、黒木英充教授が歴史研究の視座からシリア内戦の構造を深く読み解き、中東ジャーナリスト川上泰徳氏が、ジャーナリズムの視点を織り交ぜつつ、日本の市民とシリア危機を結びつける視座に富んだ講演により、米国の攻撃に偏らない、多角的かつ具体的に、深いレベルでシリア危機を考える時間となりました。


そして、エイハムさんが登壇し、アラブ文学や文化を専門とする山本薫氏との対談を通して、シリア ヤルムークキャンプでの生活、シリアの現状に思うこと、演奏を続ける意味を語りました。


そして、特別にシリアの戦場で子供達と歌っていた「ヤルムークは寂しがっている」を始め3曲を歌い上げ、時に来場者にも「一緒に歌いましょう」と呼びかけ、会場は一体となりました。

質疑応答を挟み、SSJ代表の山田一竹が登壇し、尊厳を求める平和的蜂起に参加し亡くなった、2人のシリア人青年の物語をお伝えしました。
そして、「8年目を迎えたシリア危機を前に、私たち市民がいま出来ることは懸命に今日を生きるシリアの人びとに連帯を示すことである」と訴えました。

 

質疑応答の様子。多数の質疑がそれぞれの登壇者に寄せられました。

 

2011年の平和的革命、彼らは「人間として生きる尊厳」を求めていた
ということを思い出す必要があると涙ながらに訴える代表。

それは、「#StandwithSyria」というハッシュタグ・メッセージを会場に集った人びとと共に掲げ、「私たちはシリアの人びとを忘れていない、共に立ち上がる」という連帯を示すことで表されました。

「#StandwithSyria 私たちはシリアと共にある」

エイハムさんも早速シリアの中に残る家族や友人たちにこの写真を届けて下さいました。
私どもSSJでは団体の設立理念であり活動理念そのものである「#StandwithSyria」を掲げての写真撮影アクションを拡大して行き、シリアの友人たちの協力を得ながら国内外のシリアの人びとに届ける活動の展開が決定しています。詳細はこちらのページをご覧ください。

エイハムさんは、終始笑顔で会場を盛り上げる「エンターテイナー」ですが、彼が見つめてきた悲しみ、彼が抱える苦しみが溢れ出たのが2日目の演奏会でした。


4月15日:演奏会@東京

この日は、エイハムさんの歌の歌詞について語られました。友人宅を訪れると食べるものがなく、多数の猫の頭蓋骨が鍋の中から見つかった話。エイハムさんに歌詞を託した翌日に、国連の支援箱を受け取りに行き狙撃手に撃たれ命を落とした友人。逆境を生き抜く名も無き市民たちの命の物語。
「彼らに捧げます」。銀盤を力強く叩く彼の姿に、悲しみと希望が入り混じる音色に、250名の来場者と共に会場は涙と感動に包まれました。エイハムさんの演奏を通して、シリアの人びとの「生」がそこに舞い降りる、そんな感情を抱きました。
クライマックスでは、エイハムさんも様々な感情が溢れ、大粒の涙を流していました。
会場からは鳴り止まないスタンディングオベーション。
「音楽でここまで心を揺さぶられたのは初めてです」という感想が多く寄せられました。

 

4月16日:演奏会@広島
広島での演奏の前には原爆の傷跡をご自身の目で確かめました。

原爆ドームを見つめるエイハムさん。

「無辜の市民が殺戮された歴史は、ヤルムークの光景と重なる」と静かに語ったエイハムさん。この日はどうしても演奏を続けるのが苦しいコンディションでした。
必要以上な密着取材を続けたメディアへの疲れ。生まれ育ったヤルムークへの政権側による攻撃。
田浪亜央江准教授とのトークからも感じ取れた計り知れない「無力感」のもと、それでも人びとの痛みを伝えるために演奏に臨みました。
200名を超える来場者は再び一体となり、演奏を通してシリアの景色を思い浮かべ、シリアの人びとの苦しみを真摯に感じることとなりました。

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エイハムさんは、演奏をするたびに苦しい気持ちになるとおっしゃっています。それは、演奏を通してもひしひしと伝わってきます。それでも身を削り、演奏を続ける彼の姿が、私たちに突きつけるものはあまりにも大きいと感じます。

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企画の開催を喜ぶエイハムさんと山田。1年半の歳月、毎日企画のために奔走し、正直事務局としては無理だろうと思う状況でも絶対に諦めなかった山田と来日を信じ続けたエイハムさんが手を取り合う姿に、私たちも涙が溢れました。本企画は2人の信頼と情熱の結晶ではないでしょうか。

以上
広報:佐々木千春(Chiharu Sasaki)
理事:山澤宗市   (Shuichi Yamzawa)

 


おかげさまで、エイハムさんの一連の来日企画は、無事成功裏に終了することができました。

彼の来日は、僕にどんな困難な状況でも声を上げ続けることの重要性を改めて示しました。
今後も私たちSSJは、彼らの明日に繋がると信じ、シリアの人びとに寄り添うことを目的とした活動を続けて行きます。シリアが本当の意味で平和を手にする日まで、決して諦めることはありません。
今後もSSJとエイハムさんはタイアップして行くことが決定しています。
こちらも随時詳細をウェブサイトやSNSにて更新して行きます。
直近では来日中にも多数のお問い合わせがあったエイハムさんの最新アルバムCDの日本販売をSSJが行うこととなりました。日本での演奏会でも披露された曲を含めて、19曲が収録されています。売り上げはエイハムさんの今後の活動につながります。詳細は、特設ページをご覧ください。

エイハムさんに同行する中、彼は贅沢な食事を好みませんでした。何が食べたい?と聞くと、答えは決まって、「何でもいいよ、ヤルムークでは草でも食べたから。」と、悲しい目で笑う姿が今でも忘れられません。

本企画の実現により、エイハムさんの活動、「シリア」というワードが急上昇したことは間違いありません。本企画は計20以上の媒体で取り上げられました。メディア掲載情報ページも間もなく公開されます。

しかし、シリアの人びとは、今日も圧倒的な破壊と殺戮に見舞われています。どうか、今後も彼らの声に耳を傾け続けてください。日々の生活で忙しい中でも、ほんの少しでも彼らの命に想いを馳せていただければと思います。

私たちは、シリアの名もなき人びとの命の鼓動をこれからも伝え続けて行きます。

引き続きのご支援をどうかよろしくお願い申し上げます。
末筆ながら、皆様のご健康とご多幸をお祈りしております。

 

SSJ 事後報告幹部

本企画運営の中心を担った、理事:山澤宗市 広報:佐々木千春と共に。本企画は困難の連続でしたが、自身の時間を犠牲にして活動に身を投じてくれたメンバーに心からの感謝を贈ります。

 

戦火と逆境、そして幾度の困難を超え、日本に来たくれた愛すべき友人、エイハム・アハマド(Aeham Ahmad)に最大の感謝を捧げます。

2018年4月29日
Stand with Syria Japan -SSJ 代表
山田一竹(Icchiku Yamada)

 

SNSにてエイハムさん来日に関する情報・シリア関連情報を発信・公開しておりますので、ご覧ください。
SSJ公式Facebook><SSJ公式Twitter
代表山田Facebook><代表山田Twitter

 

Voices from Syria −「ホワイトヘルメット」隊員によるアレッポからの現地中継

2016年12月23日(金)開催「シリア−戦火と愛の慟哭…その狭間を生きる命『シリア・モナムール』上映会・講演会」における、「ホワイト・ヘルメット」(現在もシリアにおいて救援活動に従事する民間団体)の隊員によるシリアからの現地中継となります。アレッポ陥落の様子、避難後の生活状況、シリア人としての想い、そして日本の皆さんへのメッセージという非常に貴重で重要なメッセージです。ぜひ、ご一読ください。

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私は今、アレッポの西側にいます。

アレッポの包囲は3ヶ月と15日間前から続いていました。包囲網に対するロシアによる激しい爆撃が10日間続いたため、アレッポの西側に移動を強いられました。包囲下での状況は、想像を絶するものでした。人々は、飢え、薬や病院もなく、けが人の治療をする機関もなく、とても苦しんでいました。現在も、お年寄り、子ども、孤児、歩くことができないなどのハンディキャップを持った人々は包囲の中に取り残されています。自由シリア軍兵士も何人か残っています。

このような熾烈な状況に加えて、ロシアと政権側は、たる爆弾や化学兵器など、国際社会で禁じられている武器を使用しています。これらの爆撃により、すべての建物が破壊され尽くされ、人々が生活できる家屋はほとんどなくなり、必要な生活ラインも破壊尽くされました。アレッポ東部は、絶対に暮らせるような状況ではなくなりました。動物ですら空爆の音に怯えて暮らせないような状態なのです。

私は、包囲網から逃げ出す前には、爆撃を避けるため建物から建物へと移動しており、この状況は24時間以上にわたり続きました。その際私は、政権側のスナイパーが人々を撃ち殺している、瓦礫に多くの人が下敷きにされている、そして激しい爆撃が建物に降り注いでいる状況を目撃しました。私はジャーナリストとして活動もしていますが、ジャーナリストですらこの状況下では、人々を助けることも、写真や動画を撮影することも何の記録をとることもできませんでした。実際に、お年寄りも含んだ100人にのぼるとも言える人が岩や土、瓦礫の下敷きになり、怪我をしたり、死んでいましたが、爆撃が止まないため、「ホワイト・ヘルメット」でも助けることもできず、避難しなくてはなりませんでした。

そして、私は3ヶ月前の包囲が始まった最初の日から、メディアに「こういった過酷な状況がここで発生するだろう」ということを訴え続けてきましたが、誰も耳を傾けず、結局取り合いませんでした。

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次に、現在のアレッポでの食糧状態ですが、5人に対して、2日に5切れのパンが得られるだけです。これは、家族が10人でも5人でも関係ありません。ですので、1人は、1日にだいたい1枚の半分かけらのパンが食べられるだけです。また、水も清潔ではありません。井戸水を飲んでいますが、ガスも無いので煮沸することも、電気も6ヶ月間無いのでろ過することできず、不潔な水を飲むことで病気を引き起こしている人もいます。この過酷な状況に加えて、アレッポ市内の7つの病院・子どもの病院も全て破壊されてしまったので、人々や怪我をしている人々を助けることが全くできていません。

シリアで今起きていること、この状況は、我々が2011年に自由と誇りを求めて起こした革命の結果です。世界中の人々、国連はこのあまりにも熾烈な状況を、毎日何人が殺され、死んでいっているのかを知っています。それでも、ただ数を数えるだけです。各国の政府は、国連安全保障理事会で拒否権を行使するロシアや中国を囲んで、会議をしているだけです。これにより、国際社会の機能は停止されるのです。彼らの手は、殺されたシリアのすべての人々、子どもの血に塗られています。

この殺戮はいつまで続くのでしょうか?日本の皆さんや、日本政府は各国の他のどの政府よりもこの問題に責任を持っていただきたいです。特に、アサド政権やロシア側をはじめとする戦争犯罪人を裁くということに責任を持っていただきたいです。まず、2011年に平和的にデモをしていた市民を無差別に殺戮したアサド政権側は裁かれるべきです。

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そして、最後に、私たちは食糧やお金などの援助が欲しいのではないのです。私たちはただ自由が欲しいのです。私たちが何を想っているのかということを自由に話す、このイベントで今日行っているような、そんな自由が欲しいのです。私たちは、日本のように自由に発言ができる国になりたいのです。紛争を終わらせて、日本がかつて歴史の中で再建したように、私たちもシリアを再建してゆきたいのです。

 

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2016年12月23日

翻訳:ヤセル・ジャマール、山田一竹

※掲載画像の転用は固くお断りします。

イベント詳細

◆イベント動画

ホワイト・ヘルメットのメンバーの登壇は【1:56:40】から。

◆関連記事:

「決してシリアを忘れていない」立教大の学生が企画「シリア・モナムール」上映会・講演会(1)

「決してシリアを忘れていない」立教大の学生が企画「シリア・モナムール」上映会・講演会(2)

 

Voices from Syria – 在日シリア難民、故郷と日本への想い。

2016年12月23日(金)開催「シリア−戦火と愛の慟哭…その狭間を生きる命『シリア・モナムール』上映会・講演会」における、在日シリア難民であるヤセル・ジャマール氏による講演「私とシリア、そして、日本」の日本語訳となります。

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皆さん、こんにちは。本日はお越しいただき、そして、シリア情勢に関心をお持ちいただき、ありがとうございます。私の名前はジャマールです。今、24歳で、シリアのダマスカス出身です。今日は、シリアの状況、そして、私のシリアと日本での経験についてお話ししたいと思います。

まずは、シリアの場所を知らない方に、シリアがどこにあるのかをこの地図で示したいと思います。次は、シリアの首都ダマスカスの位置です。そして、日本とシリアの距離ですが、実はとても大きいもので、私がここにたどり着くまでには36時間も掛かりました。

では、ここでシリアの紛争前の写真をいくつか紹介していきたいと思います。まずこれらは、ダマスカスの写真です。これらの写真でダマスカスがどのような場所であったかが分かるかと思います。沿岸部や夏の風景。日本と同じように桜の木もあります。ここからは、悲しい写真となります。紛争の前と後です。

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これらの写真で、紛争の前と後で状況がどれほど違うかということが分かると思います。とてもひどいです。そして、毎日続く空爆で街が激しく破壊されていることも分かると思います。

次に、いくつかのビデオを見ていただきます。これを通して、実際の爆撃がどのようなものであるのか、そして人々が地上でどのように対応するのかが分かるはずです。これは、ホムスです。おわかりのように、1週間前に陥落したアレッポでもこのホムスと同じように、際限ない爆撃が続き、街はこのように壊滅状態となりました。想像して見てください、どれだけの家族がここに暮らしていたのかを。そして、アレッポで同じことが起こっていたのです。次にどこの街がこのような状況にさらされるのか、私たちには分かりません。多くの人に「私たちは彼らのために何ができるのか?」と聞かれますが、こうした状況を防ぐためには、お互いを思い遣り、助け合うことが必要なのです。

次のビデオには、どのように日々の爆撃が行われているのかということが映し出されています。とても悲しいことですが、シリアでは毎日、このような大規模な空爆、破壊が起こっているのです。私自身、このような爆撃により、家も何もかも失いました。

そして、次のビデオでは、爆撃の後、地上で人々がどのよう対応しているのかということが分かります。ご覧の通り、多くの人々が瓦礫の中にいる家族や埋もれている人を探し出しています。例えば、この男性は「私は家族のほとんどをこの爆撃で失った。妻も娘もだ」と言っています。私たちはこのような爆撃により、アレッポで何千もの命を失いました。その前にはホムスで何千もの命を失っています。

実は一つ前のビデオはロシア側により撮影されたものです。まるでロシアはシリアの市民を爆撃することを誇らしく思っているかのようです。そして、彼らは「テロリスト」と戦っていると装っていますが、この空爆された土地のどこに何人の「テロリスト」がいるというのでしょうか?皆さん、教えてください。

また、このような空爆の映像を見ても、実際に何が起こっているのかということを理解し感じ取るのは、とても難しいはずです。私の妹も、実際に私の家が同じように破壊された時、爆撃の音にショックで固まってしまい、私が彼女を叩き起さなければならないほどでした。誰にとっても爆撃されるという状況を理解するのは難しいのです。そして、空爆の被害に遭っているのは、その多くが子どもや女性や老人ということが分かると思います。例えば、この映像の少女は「わたしたちが空爆されなければならないような何をしたというの?」と言っています。

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私にとっては、故郷の人々が毎日死んでいっているのに何もできないというこの現状は、辛いです。故郷の人が死んでいっているのにもかかわらず、これはお金や食事の問題ではないので、何も自分にできることがないと、ここで自分自身の生活をして、新しい未来を切り開こうとしています。全く幸せな気持ちにはなれません。確かに、各国政府や国連などは人々を救おうとしていますが、正直なところシリアの人々は何も受け取っていません。政府が受けとった物資を持って行ってしまうので、本当にそれを必要としている人には何も届いていません。そして、ここで私が主張したいのは、彼らも人間であるということ、そして多くの人がいつも人権を語っている一方で、毎日100人以上の人が殺されているということを、私たちは考えなくてはならないということです。また、何もかも突然起こります。以前のシリアの人々でさえそうでしたが、一部の人は、自分に起きていない、関係のないことを他人事として、関心を持たないということがよくあるのだと思います。でも、皆さんにもいつ何が起こるかはわからないということを伝えたいです。

それでは、ここからは私自身の日本へたどり着くまでの様子、そして実際の日本での生活についてお話ししたいと思います。

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はじめに、私はダマスカス大学で英文学を専攻する大学3年生でした。日本へ逃れるということは私にとって、とても困難でした。きっかけは、先ほどもお伝えしたとおり、私の家が爆撃され、国を出なくてはならなくなり、父は海外で働いていたため、私が母と妹の面倒を見なければならなくなったからです。これは、毎日気楽に生きていた一学生にとって、多くの責任を負う父親の役目を担うというのは、あまりにも大変なことでした。それでも、やるしかありませんでした。

私たちの家が爆撃されたあと、私たちはまず1週間友人の家に避難しました。そのあと、エジプトにいる友人に連絡を取り、そこに7ヶ月滞在することとなります。ここでの生活では、私は働くこともできず、勉強もできず、将来を想像することすらもできませんでしたので、過酷なものでした。これならエジプトにいるより、爆撃が続くシリアにもどった方がいいとすら思いました。

そのような中、エジプトにいる叔父に会い、彼の奥さんが日本人だったので、彼女が日本へ行く観光ビザなどを手配してくれました。それで、日本に着いてから、東京入国管理局で難民申請を行いました。そこで、申請中の6ヶ月、一切働くことも、勉強することも、携帯すら持てないということがわかりました。この生活は、あまりにも辛いものでした。この6ヶ月間は私の人生の中で最も辛く最悪の時期となりました。

最初の3ヶ月は叔父の家に滞在していましたが、働く必要や、家族間の問題も起こるので、叔父の家から出て家族のプライベートを確保できる家を探す必要が出てきました。仕事は違法的に見つけざるを得ませんでしたので、この写真のような建設現場で働くことになりました。

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普通の学生から重労働に従事するのは、私にとって大変大きな変化でしたし、本当に辛かったです。3ヶ月間毎日身体中に新しい傷を負い、家に帰っていました。そして、最終的にとても大きな怪我をして、破傷風に感染しました。非常に危険な状態で、脚を切断しなくてはならないかもしれないほど重症でした。病院で1週間治療して、なんとか脚を切断せずに済みました。とても運が良かったのだと思います。

退院後は、建設現場での過酷な仕事を辞めて6ヶ月が経過した頃、就労許可がおりたので、合法的に働くことができるようになりました。インターネットで良い仕事を探し、お台場のカフェでの仕事を見つけ働き始めました。私は、日本語もできませんでしたが、とても良い人々に囲まれて働くことができたので、とにかく一生懸命働きました。1年間、週6日、毎日14〜15時間働き続けました。なぜなら、私が日本に来たのと同時に、父はシリアに戻っていて仕事もできない状況でしたので、私は2つの家族を養わなくてはならなかったからです。シリアにいる父にお金を送り、日本にいる母と妹を支えなくてはなりませんでした。働き始めて4ヶ月が経過したころ、日本の雰囲気にも慣れてきたので、日本人のスタッフと友達になる努力をし、コミュニケーションを図るために、彼らが使っている単語を使うなどの工夫をしました。

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1年間働いた後、ようやく難民認定がおりたので、私は、父をシリアから日本へ呼ぶことが許されました。父が来てからは、自由な時間もでき、サッカーなどの自分の趣味を楽しむ時間も確保することができるようになりました。東京の地元チームに2つ所属することにもなりました。そして、幼稚園で英語を教えるという、より良い仕事を見つけることもできました。6ヶ月間にわたりこの仕事をしましたが、園児に英語を教えるのはとてもやりがいがあり、幸せで、今でも彼らが恋しいと思うこともあります。この仕事を辞めたあと、日本政府による日本語コースに6ヶ月通いました。

このように、難民認定を受けられたことは、私にとって大きな転機となり、安心しました。それまで辛く困難な状況を経験しましたが、日本政府にはとても感謝しています。もちろん、私にとってこれらはとても悲しい時期でしたし、故郷シリアの人々に起こっていることにはとても胸が痛みます。それでも、私はここでの生活が上手くいくように、自分の将来を手に入れるために最善を尽くしています。私が欲しいものはたった一つ「幸せ」ですが、生活が上手くいき、成功して目標を達成することができても、故郷の人々を思うと幸せにはなれません。なので、彼らが私と同じような生活を送ることができることを祈っています。私は心にいつもこの想いを抱いていますが、同時に前に進まなければいけないのです。私は、大学に復学するために奨学金の申請を行い、5つ以上のテストを受けて、実は2日前に都内の大学へ復学できることになりました。

最後に、私が他の2人のシリア人とアメリカ人の友人と行っている、「White Heart for Syria」の活動についてご紹介します。私たちはイベントを開催し募金を集め、ダマスカスをはじめとするシリアの本当に助けを必要とする家庭に支援を届けるということを行っています。私たちのウェブサイトを見ていただけると、シリア政府により取られてしまう他の団体の支援とは違い、私たちが直接本当に助けを必要としている人々へ支援を届けているのがわかると思います。最後に、私が伝えたいのは、これから何が起こるか分からないこの世界で、もっとお互いを思い遣ることが必要で、それを子どもにも伝えていき、争いを防がなくてはいけないということです。今世界で何千万もの人が難民となっているとも言われている中で、私たちは何かしなくてはなりません。傷ついている人々に対して何もできなくても、少なくとも今から互いを愛するということは始められるのではないでしょうか。多く兄弟や姉妹が互いを愛し合っていないことがあります。会場の皆さんにもそういった状況があるかもしれません。私たちはこの状況に対して何かをしなくてはなりません。自己中心的になるのをやめ、互いを思い遣り、愛することができるように、私たち自身が変わらなくてはなりません。

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時間がまだ少し余っているようですので、ここでもう少しだけシリアの政治的状況、そして実際に何が起こっているのかということについてお話ししたいと思います。

皆さん、アレッポやホムスでロシアやアサド政権による空爆が行われていることはご存知の通りだと思います。アサド政権とロシアは協力関係にありますが、他にも様々なアクターがこの紛争には関わっています。例えば、ロシアの他にイラン政府やレバノンのヒズブッラー、「IS」などです。これらの勢力が自由シリア軍と対峙していますが、自由シリア軍の中にも革命のためではなく、金銭目的で戦闘に参加している人もいます。これが、私たちが未だに同じ状況におかれている理由とも言えます。なので、状況はとても複雑です。革命のために戦う善良な兵士が十分ではなく、また自由シリア軍自体が一致団結できていないので、この戦いはシリアが破壊されきるまで終わらないのだと思います。様々な和平会議で問題解決を図っているようですが、残念ながら解決には至りません。実際の事態はとても複雑で、事実はメディアで私たちが目にしている内容とも異なっています。これを、すべて説明するのはこの時間では不十分です。

最後の少しの時間で、「IS」について簡単なイメージをお話しします。彼らは自称「Islamic State」と名乗り、日本のメディアも「イスラム国」と報道していますが、これはシリアの人々やイスラーム全体に悪影響を及ぼしているということを指摘したいです。本来、各国のイスラームは、人を殺すことを禁じており、コーランにも人殺しを行うことは、全人類を殺すことと同じであると記されています。ここで、皆さんに明示したいのは、イスラームの正しい本当の姿です。多くの人が、メディアやインターネットを通して、イスラームにネガティヴなイメージを持っていて、私の友人も初対面の時、「シリア出身」で「ムスリム」であると伝えると、怖がることがありました。皆さんがイスラームの正しいイメージを持ってくださることを願っています。

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残念ながら、時間となってしまいましたので、私の話はここで終わりにさせていただきます。今日は、お越しいただき本当にありがとうございました。

2016年12月23日 ヤセル・ジャマール

日本語訳:山田一竹

※掲載画像の転用は固くお断りします。

◆イベント詳細

◆イベント動画

ジャマール氏講演は【1:17:39】から。

◆関連記事:

「決してシリアを忘れていない」立教大の学生が企画「シリア・モナムール」上映会・講演会(1)

「決してシリアを忘れていない」立教大の学生が企画「シリア・モナムール」上映会・講演会(2)

An Event for Syria was Held in Tokyo. Over 450 People were Standing with Syria. 【English:العربية】

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Our event for Syria on Dec. 23rd, 2016 finished with a great success in Tokyo, Japan.  We faced the Syria crisis in all sincerity.
We took this opportunity to consider (and reconsider) about the crisis in Syria from many different aspects; screening a documentary film called Silvered Water, Syria Self-Portrait (2014 by Ossama Mohammed), a commentary from a scholar of Arabic literature; Prof. Kaoru Yamamoto,

IMG_5475 a talk from the photographer; Mr. Shin Yahiro who served with the Free Syrian Army

IMG_5476and a talk from a Syrian who became a refugee about his dear homeland Syria and his very difficult experiences in Japan.

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Also, we relayed with a member of White Helmets  (One of the bravest civil organizations of our time); Mr. Ismail Alabdullah via Skype during the event. He told the audience about the frightful situation in Aleppo.

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On the day, a great number of people, 420  people gathered for Syria.

IMG_5472Although Japan is quite far away from Syria, we always keep thinking of Syria. We are feeling your pain. Please keep your hopes up. Please stay alive. We are here standing with all of you.
Again, I thank you so much for each one of you who came out to my event on the day.
I strongly hope this year 2017 will be a peaceful year for all Syrian people who are suffering right now… and I also hope they will be able to gain the freedom, which they have been seeking for a long time…

With all my respect for those who went before us to gain the dignity to be human, Rest in Peace.

الحدث الذي أقيم في الثالث و العشرين من ديسمبر من أجل سوريا لاقى نجاحا كبيراً و واجهنا الأزمة السورية بكل صدق .
وقد ناقشنا الأزمة السورية بطرق مختلفة منها:
١-عرض فيلم وثائقي عن سوريا
٢- شرح للأحداث عن طريق مختص في أدب اللغة العربية
٣-محادثة مع أحد المصورين التابعين للجيش السوري الحر
٤-محادثة مع أحد اللاجئين السوريين في اليابان التي تناولت قصة مغادرته لوطنه سوريا و الصعوبات العديدة التي وجهها في اليابان.
تحدثنا أيضاً خلال الحدث مع أحد أعضاء White Helmets (القبعات_البيضاء )
عبر سكايب فوصف للجمهور الوضع المأساوي و المرعب الحاصل في مدينة حلب. و تحدث أيضا عن تفاصيل الحصار التي واجهتها حلب الشرقية.

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وقد أعرب عن مطالبه كما قال” نحن لا نريد طعام أو شراب. نحن نريد حرية كالشعب الياباني”
و أريد أن أتوجه له شخصياً بشكر جزيل لمشاركته معنا لهذه المعلومات القيمة.
وقد حضر الحدث أكثر من أربعمئة شخص من أجل سوريا. على الرغم من أن اليابان بعيدة عن سوريا ولكن نحن دائما نفكر و نهتم بالقضية السورية.
و أريد القول للشعب السوري أننا الشعب الياباني نشعر بآلامكم و نرجو أن لا تستسلمو و لاتتخلوا عن الأمل أبداً. إبقوا على قيد الحياة و سنفعل المستحيل لأجلكم.
و أخيراً أشكر جميع الذين حضروا هذا الحدث و كل من ساعدني للوقوف من أجل سوريا.
أتمنى من كل قلبي أن تكون سنة ٢٠١٧ سنة سلام لكل السوريين اللذين يعانون الآن، وأتمنى أيضاً أن يحصلوا على الحرية التي لازالوا يطالبون بها منذ وقت طويل و حتى الآن.

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رحمة الله على شهداء سوريا
إرقدوا بسلام

#StandwithSyriaJapan
Arabic Translation by Yasser Jamal Al Deen.
This event is now uploaded on YouTube : 【 https://youtu.be/7hYT1mpB09c

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シリア危機に想いを馳せて 。

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2016年12月23日に開催いたしました「シリア−戦火と愛の慟哭…その狭間を生きる命『シリア・モナムール』上映会・講演会」における代表者山田一竹によるメッセージとなります(当日の配布資料の一部)。  ※一部編集済み

 


この度は、お忙しい中「シリア−戦火と愛の慟哭…その狭間を生きる命『シリア・モナムール』上映会・講演会」にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。現在、シリア危機は、今まで以上の難局に直面しております。今年に入り、革命の都市と呼ばれたダーリヤ(DARAYYA)が政府軍により制圧されました。そして、激戦が続いていたシリア北部に位置するアレッポ東部もついに政府軍に制圧されました。2016年12月15日アサド大統領はビデオ声明でアレッポに対する勝利宣言を発表しました。そして人々の「退避」が始まった様子をニュースでご覧になった方も多いと思いますが、現在政府軍側が反体制派に関係したと見られる市民を次々処刑しているという情報も入っています。国連はアレッポで起こる重大な人権蹂躙に対して警鐘を鳴らしています。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、政府軍やアサド派の民兵が市民を殺害した証拠も発表しています。この様な状況下で人々は日々、極限状態に晒されています。アレッポ制圧の直前には、多くの市民がSNSを通じて「最後のメッセージ」発信しました。

「私たちの命を助けてください。アレッポを救ってください。私たちは殺されています。」

「助けてください」という最期の言葉は誰に向けられ、誰に届いたのでしょうか。同じ時代を生きる同じ人間が、どうしてここまで痛めつけられ、踏みにじられなくてはならないのでしょうか。自分の無力さに怒りすら覚えます。それでも、「イベントを開催し、一人でも多くの方に足を運んでいただき、シリアの惨状に想いを馳せ、そして何より彼らの痛みに触れていただく」、これが、今の私に出来る精一杯のことだという思いから、当イベントの企画を進めて参りました。シリアの圧倒的な惨状や人々の悲痛な叫びに眠れない日もありますが、私は、彼らの叫びを受け取った人間としての責務を果たしていかなければならないと思っています。

遠いに日本暮らす私たちには何もできないと思っていませんか。確かに私たちには紛争を解決する力はないのかもしれません。でも、私たちには「彼らを知り、彼らに想いを馳せること」はできるはずです。私のシリア人の友人は「ただ忘れないでいてほしい」と静かに言いました…。内戦は5年以上にわたっています。国際社会が有効な解決策を見出せない中、人々は今、絶望の淵に追いやられながらも細やかな希望を見出して、一日一日命を繋いでいます。どれほど、不安な日々でしょう。どれほど、辛く苦しい日々でしょう。その様な中で、遠い国で自分たちのために祈り、立ち上がってくれる人々がいることにどれだけ励まされることでしょうか。今日、私たちは、遠い日本でこうして集い、シリアを想っています。「私たちはシリアを見捨ててはいない」という連帯を示しています。

シリア内戦に伴う死者数は30万人を超え、400万人を超える人々が難民として避難を余儀なくされました。想像してみてください。朝、起きて空爆であなたの家に爆弾が降り注ぐことを、目の前であなたの家族が爆撃されることを、あなたの愛する人にお別れの言葉も「ありがとう」の言葉も伝えることができないことを。そして、愛する故郷を離れなければならないことを…。それが430万人を超える人々に現実として起きているのです。彼らは、私たちと同じ人間です。尊厳のある人間です。日々飛び交う報道の裏にある、彼らの痛みを感じてください。彼らの命の叫びをどうか無駄にしないでください。そして忘れないでください。彼ら一人ひとりに掛け替えのない人生があり、大切な家族がいて、そしてシリアは彼らの愛する故郷であるということを。彼らは、私たちが今当たり前に手にしているものを求め続けているということを。彼らが希望を捨てていない限り、私たちもまた希望を捨ててはなりません。

私はいつの日かシリアに平和が訪れ、人々が尊厳を持って当たり前に生き、そして、当たり前に尊厳のある死を迎えられる時が来ると信じています。その時まで私は諦めません。どうか皆様も、苦しみもがきながら、生きたくても生きられなかった命の重さを、そして、恐怖に怯えながらもシリアの今を懸命に生きる、尊い命の鼓動を胸に刻み、これからもシリア危機に向き合い続けて下さい。どうか、今日ここでの想いを一日限りにしないで下さい。

本日は、誠にありがとうございました。改めまして御礼申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

シリア内戦で犠牲となった全ての人へ心からの愛と哀悼を込めて。

2016年12月23

主催者代表 立教大学異文化コミュニケーション学部 山田一竹


 

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【12月23日開催】「シリア−戦火と愛の慟哭…その狭間を生きる命『シリア・モナムール』上映会・講演会」| 同時開催写真展

15168776_1348059461894893_2041274299590019146_o皆さま、大変ご無沙汰しております。
立教大学異文化コミュニケーション学部の山田一竹です。

皆様、お変わりはありませんでしょうか。
「今、等身大で彼らに向き合う『それでも僕は帰る シリア 若者たちが求め続けたふるさと』上映会・討論会」を開催してから、早くも一年が経とうとしています。あれから一年…残念ながら、シリアを巡る状況は熾烈を極め、混迷の一途を辿っています。シリア内戦に伴う死者数が30万人を超え、400万人を超える人々が難民として避難を余儀なくされました。シリアでは、今この瞬間にも尊い命が燃え尽きています。

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前回のイベント終了時より、第二弾の企画を進めてきました。「シリアはどこへ向かっているのか、そこに生きる命の鼓動とは…」僕はシリアに、彼らの愛する故郷に向き合い続けてきました。時には、あまりにも凄惨な状況に眠ることすら出来ないこともありました。ドロ沼化が止まらず、解決の糸口すら見えない状況に遣る瀬なさと無力感でいっぱいになる事もありました。それでも僕はここで立ち止まるわけにはいかないのです。「膨大な犠牲者数の裏にある、一人ひとりの姿、物語に想いを馳せ、彼らの痛みを忘れないでほしい」。12月23日開催、「シリア−戦火と愛の慟哭…その狭間を生きる命『シリア・モナムール』上映会・講演会」是非お越しください。

『私たちは、シリアを見捨ててはいない』、再び会場に集い連帯を示す機会としましょう。
それでは、当日、皆様にお会いできることを心より願っております。

以下、イベントの詳細です。


【概要】
当イベントは、シリアよりパリへ亡命した映画作家オサーマとシリアの前線でカメラを廻し続けるシマヴの物語を1001人のシリアの人々がSNSへ投稿した映像でつなぎ合わせた映画「シリア・モナムール」の上映を通し、シリアで繰り広げられる荒れ果てた暴力と、それに翻弄され、絶望の淵に追いやられながらも、希望を求め続ける人々の存在に触れます。上映後には、アラブ文学者による映画解説を得た後、シリアで反政府運動に身を投じる若者たちの日常を追ったフォトグラファー、在日シリア難民の方、学生を交え、討論会を行い、シリア情勢を複眼的視座より考察することで理解を深める。「生きるとは…。そして、命とは…。」遠く離れた日本で「平和」を当たり前に享受する私たちが忘失した疑問を覚醒し、シリア危機を他人事からより身近な問題へと転ずる機会とする。
イベントと並行して、12月21日〜25日まで写真展を開催する。フォトグラファー八尋伸 氏が2012年よりシリアで撮影した写真20点(自由シリア軍兵士や家族の日常、アレッポの戦闘など)を展示し、シリア紛争を生き抜く個々の素顔に触れる。

【上映会・講演会】
12月23日(金曜・祝日)
会場:立教大学池袋キャンパス 9号館2階 大教室
⇨立教大学池袋キャンパスへのアクセス: https://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/direction/
⇨立教大学池袋キャンパスマップ: https://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/campusmap/
入場無料、予約不要、どなた様も直接会場へお越しください。

◆プログラム◆
14:00 開会挨拶:趣旨説明 石井正子(立教大学異文化コミュニケーション学部 教授)

《第一部:映画上映》
14:10 映画上映開始(96分間)
15:46 映画上映終了・休憩

《第二部:トークセッション》
16:00 山本薫 氏「映画解説-文学から見つめるシリア」
16:30 八尋伸 氏「シリア 革命の素顔」
17:00 休憩
17:30 ジャマール 氏「私とシリア、そして、日本。」
18:00 山田一竹「今、シリアに想う:ジャーナリスト桜木武史氏とシリア人へのインタビューを通して」
18:20 登壇者との質疑応答

18:50 閉会挨拶: 山田一竹(立教大学異文化コミュニケーション学部 4年)

◆映画詳細◆
「シリア・モナムール」(英題:Silvered Water,Syria Self-Portrait,アラビア語:ةضفلا ماء
フランス語:Eau argentée,Syrie autoportrait)
シリア・フランス/2014年/96分/アラビア語(日本語字幕)
監督・脚本:オサーマ・モハンメド、ウィアーム・シマヴ・ベデルカーン
写真・映像:ウィアーム・シマヴ・ベデルカーン、1001人のシリアの人々、オサーマ・モハンメド
配給:テレザとサニー
後援:公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
協力:山形国際ドキュメンタリー映画祭
ストーリー:亡命先のパリで、故郷シリアの置かれた凄惨な実状に苦悩し続けていたひとりの映画作家、オサーマ。苛烈を極める紛争の最前線で繰り返される殺戮の様子は、日々YouTubeにアップされ、ネット上は殺す者、殺される者双方の記録で溢れかえる。カメラを持たない映画作家が、シマヴというクルド人女性に愛の希望を見出し、1001の映像を自らの眼で選択し、ストーリーを構築した本作は、夥しい犠牲者と戦場を捉えるドキュメントにはとどまらず、その個々の死に刻まれた深い傷と愛、絶望の中でも普遍の愛を見出していく、命についての物語である。カンヌ国際映画祭2014特別招待作品、ロンドン映画祭2014ベストドキュメンタリー賞、  山形国際映画祭2015優秀賞、その他多くの国際映画祭にて正式上映。
・映画詳細: http://www.syria-movie.com/introduction
・予告編: https://youtu.be/kPdb3ljW1C8

◆登壇者略歴◆
《外部登壇者》
山本 薫 氏
東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒業。シリア、エジプトへの長期留学を経て、東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了。専門は、アラブ文学・文化論。東京外国語大学ほか講師・研究員。主な論文に「現代シリアの作家たち―監視下の創造力」『シリア・レバノンを知るための64章』(明石書店)、「我々を隔てることはできない―映画『スリングショット・ヒップホップ』が見せたパレスチナラップの可能性」『インパクション175号』(インパクト出版会)他。翻訳書にエミール・ハビービー著『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』作品社、2006年。

八尋 伸 氏
中東の社会問題、紛争、難民、災害等を関心領域とする。2010年頃より、主に、タイ騒乱、エジプト革命、ビルマ紛争、シリア内戦、東日本大震災、福島原発事故を取材し発表。シリア内戦シリーズで2012年上野彦馬賞、2013年フランスのThe 7th annual Prix de la photographie, Photography of the year受賞、ビルマ民族紛争シリーズで米国のThe 7th Annual Photography Master Cup, Photojournalism部門でノミネート等、国内外で活躍。

ジャマール 氏
シリア、ダマスカス出身。現在24歳。ダマスカス大学で英文学を専攻していたが、内戦の激化に伴い、戦火をくぐり抜け2013年2月に母と妹と共にシリアを出国。2013年10月に来日。1年半の間、難民認定許可が下りるのを待ち続け、2014年に日本政府より正式に難民認定を受ける。現在、日本の大学入学に向け、日本語学習に励む一方、シリア内戦下に暮らす支援を必要とする人々の命を繋ぐための支援活動を続ける。

桜木 武史 氏(*山田一竹よりインタビュー内容の報告)
フリーランスのジャーナリストとして、2002年よりパキスタン、アフガニスタン等を取材。その後、「アラブの春」に関心を持ち、2012年3月から2015年4月まで計5度に渡り、シリアに足を運ぶ。著書『シリア 戦場からの声-内戦2012−2015』(アルファベータブックス)において、戦火の中で必死に生きる市民の姿を記録し、複雑な背景を知らない読者と同じ目線でシリア内戦を描いているとして高く評価され、2016年「山本美香記念 国際ジャーナリスト賞」を受賞。

【八尋伸 写真展 シリア-革命と愛の狭間に生きる命】
2016年12月21日(水曜)〜25日(日曜) 12時00分〜20時00分*
※5日間連続開催。
会場:立教大学池袋キャンパス 9号館 9202号室
⇨立教大学池袋キャンパスへのアクセス: https://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/direction/
⇨立教大学池袋キャンパスマップ: https://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/campusmap/
入場無料、予約不要、どなた様も直接会場へお越しください。
八尋伸 公式HP: http://www.shin-yahiro.com/

*初日16時00分open~、最終日~17時00分close、23日は10時00分〜12時00分の部と19時00分〜21時00分の部。22日・24日は通常運営

・立教大学公式イベントページ:
http://www.rikkyo.ac.jp/events/2016/12/18477/

パンフレット

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上映映画「シリア・モナムール」パンフレット

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【1月14日開催】今、彼らに等身大で向き合う―『それでも僕は帰る 〜シリア 若者たちが求め続けたふるさと〜』 上映会・討論会

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皆さま、こんにちは。山田一竹です。
ご存知の通り、中東情勢は混迷を極め、シリア紛争は泥沼化の一途を辿っています。代理戦争的側面も持つ軍事介入など、国際社会の対応が注目を集める中、多くの人が、そこに生きる人びとの事を見落としているのではないでしょうか。シリア紛争勃発から4年。この紛争は、およそ400万人の難民、760万人を超える国内避難民を発生させ、20万人の生命を奪ったといわれています。忘れてはならないのは、彼ら一人ひとりが尊厳のある人間であり、それぞれに掛け替えのない人生があり、そして、シリアは彼らの故郷であったということです。

2016年1月14日、午後6時20分より、立教大学にてシリア内戦をめぐるドキュメンタリー映画『それでも僕は帰る 〜シリア 若者たちが求め続けたふるさと〜』上映会と討論会を開催いたします。

僕は、『それでも僕は帰る 〜シリア 若者たちが求め続けたふるさと〜』という映画に出会い、シリアで戦う同世代の若者の姿を知り、心を打たれ、流れる涙を止められませんでした。この映画を一人でも多くの人に観て欲しい…。そしてシリアについて考えて欲しい…。日本に暮らす我々にとってシリアは、地理的・心理的に遠い存在です。しかしそれが、この問題を他人ごととして良い理由にはならないはずです。
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私たちに、いま何が出来るのでしょうか。「等身大でシリアに向き合う」。それが、このイベントの最大の目的であり、彼らの痛みを理解する事が、彼らを照らす一筋の光となるのではないでしょうか。
当日は、この映画のを正に命懸けで撮られたシリア人監督のタラール・デルキ氏と会場をインターネット電話で繋ぎ、直接質疑応答の時間を設けております。革命当初からシリア人青年たちの魂の叫びを追い続けてきた彼にしか語れない言葉があると強く感じております。大変貴重な機会となりますので、関心のある方はぜひお運びいただければと思います。

それでは、会場で皆さまにお会いできますことを心より願っております。予約不要、入場無料です。どなた様も直接会場へお越しください。
以下、当イベントの詳細となっておりますので、ご一読いただけると幸いです。


今、彼らに等身大で向き合う―『それでも僕は帰る 〜シリア 若者たちが求め続けたふるさと〜』 上映会・討論会

【日時】2016年1月14日(木)18:20-21:00
【場所】立教大学池袋キャンパス7号館7102教室
⇨立教大学池袋キャンパスへのアクセス: https://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/direction/
⇨立教大学池袋キャンパスマップ: https://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/campusmap/
【対象】学生(立教、その他大学)、教職員、一般(定員120名)
※入場無料・予約不要。立教関係者はもちろん、どなた様も入場可能です!直接会場へお越しください。

【プログラム】
18:20 開会:趣旨説明
石井正子 異文化コミュニケーション学部教授
山田一竹 異文化コミュニケーション学部3年
18:30 映画上映開始 『それでも僕は帰る』
20:00 映画上映終了・休憩
20:10 解説 石井正子
20:20 討論セッション、山田一竹による発表・報告
20:40 監督タラール・デルキ氏からのインターネット電話を通じたメッセージ、および監督との質疑応答
21:00 閉会挨拶 :山田一竹

【映画詳細】
「それでも僕は帰る 〜シリア 若者たちが求め続けたふるさと〜」(原題:Return to Homs)
監督:タラール・デルキ
配給:ユナイテッドピープル
後援:認定NPO法人難民を助ける会・認定NPO法人難民支援協会
協力:公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本

ストーリー
2011年にアラブで始まった民主化運動の波「アラブの春」。この影響を受け、シリアの都市「ホムス(Homs)」で反体制運動を展開する二人の青年バセットとオサマ。元シリアU20の代表のゴールキーパーとして活躍していたバセットは、民主化運動のリーダーとなる。友人のオサマはカメラを手に、民主化運動を拡散していく。二人は非暴力の抵抗運動を先導し、その波はシリア全土へ広がる。しかし、2012年2月、政府軍の破壊攻撃によりホムスで170人もの民間人が殺害され、これを機に武装闘争へと身を投じていく。政府軍の圧倒的な武力行使の中で、廃墟と化すホムス。それでも彼らは戦い続ける。一体彼らは何故戦い続けるのか、生きることとは、ふるさととは…。2011年の夏からホムスで彼らの活動、彼らの叫びを命懸けで追い続けてきた、シリア人監督タラール・デルキ氏の渾身のドキュメンタリー映画。「サンダス映画祭2014ワールド・シネマ−ドキュメンタリー部門グランプリ」、「ジュネーブ国際人権映画祭2014グランプリ」受賞。その他多数の国際映画賞受賞。
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=AAqw-IuL3Ys

【登壇者】
石井正子(立教大学異文化コミュニケーション学部・教授)
専門は、紛争研究、平和構築、東南アジア研究。2009年から人道支援団体ジャパン・プラットフォーム(認定NPO法人)の常任委員を勤め、ヨルダン、南部スーダン、スリランカ北部、ミャンマーなどの紛争影響地域において国際NGOの難民、避難民、帰還民支援事業のモニタリングなどを担当。
山田一竹(立教大学異文化コミュニケーション学部3年生)
関心領域:紛争研究、強制移動、移行期正義
2014年、イギリスの難民支援団体にて、難民支援に従事。
タラール・デルキ(映画監督、脚本家・スカイプを通しての登壇)
1977年シリア、ダマスカス生まれ。在アテネ、Stavrako High Institute of Cinematographic Art and Televisionにて映画製作を学び、2003年卒業。CNN、トムソン・ロイター、アル・アラビーヤ等のフリーランスカメラマンを経て、ドキュメンタリー映画製作に従事し、数々の賞を受賞。2013年公開の『それでも僕は帰る』にて上述の各種賞を受賞。

立教大学公式イベント情報: http://www.rikkyo.ac.jp/events/2016/01/17188/
朝日新聞社様取材内容:
http://www.asahi.com/articles/CMTW1601131300001.html

パンフレット

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