「民衆は政権の打倒を望む」。
シリアの人びとがアサド政権による独裁支配に対し立ち上がってから、すでに11年が経過した。2011年3月、「アラブの春」の高揚感に世界が包まれる中、恐怖と希望を胸に路上に繰り出した無数のシリアの人びとの姿はこの11年で大きく変動した。
半世紀にわたる強権支配を生かされた市民の抗議活動は勢いを増し続け、それは単なる「デモ運動」から「民衆蜂起」へと昇華した。これに圧倒的な弾圧で対抗したアサド政権であるが、市民を次々に拘束、拷問、そして処刑した。抵抗を続ける街は政権軍に包囲され殲滅作戦のもと多くの市民が餓死した。そしてついには化学兵器も平然と用いられるまでに至った。
権力にしがみつく一国が、人権や平和の概念という国際秩序を完全に無視して民衆を殺戮し続けるというシリアの地獄絵図は世界に戦慄を与えたかと思えば、その異常事態を今日まで許容し、武器を取り抵抗せざるを得なかった市民側が「テロリスト」と糾弾されるという、さらなる異常事態へと発展した。そして国際法違反の限りを尽くし、国際刑事裁判所が規定するコアクライムである人道に対する罪や戦争犯罪の責任を負うバッシャール・アル=アサドは今日もシリアの大統領としてシリアを統治する。
国連をはじめ国際社会が完全なる機能不全に陥り、今世紀最悪の人道・人権危機に対して何の有効な装置も取れない無能な機関であるかを露呈する中、自由を求めたが故に無惨に殺されていく同世代の若者を何とか救いたいという一心で2015年に始めた、私なりの「支援活動」も早8年を迎えた。その活動も多くのシリア人との交流を通して、NPO法人Stand with Syria Japan (SSJ)という組織へと成長し、この8年僅かながらでも展開する支援活動に手応えを感じた局面はあった。しかし、出口の見えないシリアの情況は私に、「結局の所、お前は誰も救えていない」というあまりにも過酷な事実を突きつけてきた。さらに、SSJの活動と同時に行ってきた私の研究活動領域がジェノサイド研究であり、専門にしてきたテーマがアサド政権による市民への組織的虐殺ということもあり、日常的に拷問死した犠牲者の変わり果てた姿を目にし、遺族やサバイバーへの聞き取り調査を続けた日々は到底常識では計り知れ得ないトラウマを私に刻んだ。
あまりにも重く暗い日常の中で、気がつけば私は生と死の境界線が分からなくなっていた。それでも自身の研究活動やSSJの存在意義に何とか価値と希望を見出し、がむしゃらに走り続けてきたが、私の心は失われ続け、ついに「うつ病性障害」と「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断されるに至った。うつ病障害について言えばシリア危機に本気で携わる人間を見れば決して珍しい話では無いし、PTSDについてもこの地獄を生き延びたシリアの人びとに限って言えばほぼ全員が何らかのダメージを心に負っていると言っても過言では無いだろう。それでも、多くの人たち、何よりも私を信じ続けてくれたシリアの人びとを想うと、自分の無力さと今の状況に言葉で表すことの出来ない怒りと恥ずかしさを覚える。
そんな中で、今日SSJという支援組織が未だ存在し、私が生きようと思えているのは奇跡のようにすら思える。その奇跡が何であるのかと考えれば、それは間違いなく、自由と尊厳のために命を捧げたシリアの人びとである。彼らの存在こそが私が今日生きる意味であり、SSJは彼らの「生きた証」そのものだ。
私は、時に人間はそのために死ねるほどの使命を得るのだと思う。私にとってそれはシリアの兄妹の救済であり、彼らの愛する祖国の解放であった。そのために動き続けたこの8年間は私に想像を絶する痛みと絶望を教えた。きっと私の心が元通りになることはもう無いのだと思う。それでもシリアに携わったこの8年間は同時に、私が一生涯掛けても本来手にすることのなかった尊厳を与えた。
これが私の使命、つまり、シリアの人びとが自由を手にするための代償であるのであれば、私はそれを背負ってでも、生きてゆこうと思える。






この6人のシリア人が私に教えてくれたこと。それはシリア革命の素晴らしさだけに留まらない。人が自由と尊厳の中で生きる意味。シリアが決して戦況や瓦礫だけの物語では無いこと。そして、シリアの人びとはいかなる破壊と殺戮の狭間でも人間としての気概を持ち続け、愛することと生きることを諦めない誰よりも勇敢な人びとであるということ。もし誰かが私に尊敬する歴史的人物は誰かと問えば、私は間違いなくこの6人のシリア人を挙げる。彼らは私にとって永遠のアイコンであり、ヒーローである。彼らはシリアの人びとの解放のために闘い続けた。結果として彼らの命は戦闘で、拷問で失われた。あるいは今日も行方が分からないままである。彼らの無念を想うと、これを書く今でも私は流れる涙を止められないでいる。
シリアを守り続けたのは、決して国連高官や大国の政治家などではない。それはこの6人のシリア人のような名もなき人びとであり、これだけの激動を経た今日のシリアにおいてもそれは変わっていない。
シリア。この11年、人びとが経験した痛みは、全人類の負の歴史であろう。そしてこの状況を許したのは我々であるということも決して忘れてはならない。同時に、この11年、世界が彼らを見捨てる中でも決して生きることを諦めなかったシリア人たちはこんな世界にもまだ希望があることを示した。私はそこにどんな痛みが伴おうとも、力の続く限り、そんな人びとの生きた日々と命の鼓動をこれからも私なりに伝えてゆきたいと思う。それが、今の私に出来る精一杯であり、今の私に与えられた使命だから。
国に起こった破壊と、痛み。私は悲しくて仕方がない。シリアに起こった破壊に対して悲嘆にくれるが、自由は得難いものであり、人間のみがその価値を知り、その代償はとても高いものである。人は自由のためにすべてを捧げることができるのだ。もし人が人生を求めるならば、運命に応えなければならない。シリア人は偉大なる人びとだ、そして大いなる犠牲を差し出した。このすべての厄難の後に、シリアにも自由の陽がいつかは登るだろう。そして、神はシリア人のために素晴らしい未来の計画を持っていらっしゃるに違いない。
シリア革命に身を投じ、攻めてきた政権軍から家族を守るために武器を取った結果、両足を失い、愛する故郷をも追われた青年ムハンマドの言葉と涙がふと思い起こされる。失われてしまった私の心でさえも、いつの日かシリアに登る自由の陽への希望だけは、未だ捨て切れないでいる。いつか必ず彼らが求め続けた自由がシリアには訪れる。その時、私も彼らと一緒に笑っていられるように、私に出来ることを続けてゆきたい。
そんな中SSJが新たに着手したシリア北西地域における次世代の教育支援プロジェクトは、まさに「知性と尊厳」の革命を支え、シリアが独裁体制と全ての権威主義から解放され、真の意味での自由を手に入れるためには必然的な挑戦だと言える。それを達成するのは彼ら次世代のシリア人であり、そして11年に及ぶシリア革命の記憶を未来永劫、紡いで行くのもまた彼らであるからだ。
最後に、今日シリア危機を巡り数多くの数字<データ>が公表されている。SNHRの調査によれば、2011年3月から2022年6月の間、228,893人の民間人の死亡が確認されており、その91%がアサド政権と2015年より正式にシリアにアサド政権側として軍事介入しているロシアによって殺害されている。国連人権高等弁務官事務所の報告によれば、2011年3月より2021年3月までに、毎日83人の市民が殺害され続けている。このような数字は単なる数値ではなく、戦争犯罪や人道に対する罪の絶対的な証拠であり、そして過去11年シリアが辿ってきた運命の重さを示す。これまでシリア危機を巡る言論を故意的に操作し、事実を歪めてきた者たちのナラティブはこの真実の前でいまどのような力を持てるのであろうか。
日本においてアサド政権擁護の言説を展開してきた、青山弘之教授や高岡豊氏を始めとする中東研究者たち。そして同じ支援組織という特性を鑑みて名前の公開は避ける(支援事業自体に対する批判ではないため)が彼らを専門家スピーカーとして迎え続けてきた国外で難民支援を行う某組織やシリア人の教育支援を行う団体。あなた方の言動はこれまで限りなくシリアの人びとの尊厳を傷つけてきた。2022年1月、ドイツのコブレンツ裁判におけるアサド政権高官職員Anwar R. に下された歴史的判決に見て取れるように、シリア政府がこれまで自国民に対して行ってきたことは「人道に対する罪」である。ともすれば、あなた方の言動は「人道に対する罪」を擁護し、そして時には加担していたことと同じと言えるのではないのか。私はこれまであえてこの問題に言及することは無かった。それは彼らのナラティブがあまりにも取るに足らないものであったからだ。しかし、これ以上シリアの人びとの尊厳が傷つけられることを看過することはできない。アサド政権擁護の言説を展開、流布した本人たちの責任の重さは大変重いものであるし、今後検証されるべきものである。しかし同時に、それを今日まで許してしまった私たちの責任も問われるべきであろう。
私たちに時を戻し、失われた22万人のシリア人を救うことは残念ながら出来ない。しかし、私たちはこの過ちから学び、未来を築くことはまだ出来るはずだ。今こそ誤った言説に惑わされることなく、シリアの人びとの叫びに真摯に取り合うべき段階ではないだろうか。
最後に、失われた22万のシリアの命すべてに名前があり、愛する家族がいて、夢があったことを改めてここで強調しておきたい。彼らと残された人びとの痛みの一端に触れながら、彼らに最大の哀悼を捧げる。
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