終戦(敗戦)の日に寄せて

—シリア危機問われる私たちの「人道」


Stand with Syria Japan 代表
東京大学大学院総合文化研究科

「人間の安全保障」プログラム
山田一竹

1945年8月15日、長い戦争が終わった。日本において310万人以上、アジア全域で2,000万人以上、世界では6,000万人以上、統計によっては7,000万人以上が犠牲となった「第二次世界大戦」である。日本では、毎年この時期になると、戦争に関する様々な特番が組まれ、生存者の証言がメディアに登場する。各地において追悼セレモニーが執り行われ、多くの人が平和を祈念する機会となる。このように多くの日本に暮らす人々が平和や戦争に想いを馳せることは非常に重要である。私自身、祖母が大戦経験者であり、その体験談が私を平和研究へと導いたため、8月15日には特段の思い入れがあり、黙祷を欠かさない。
とは言うものの、どうしても気がかりなことがある。それは、この8月に限り、日本だけの「平和」について考え、過去の「戦争」の惨たらしさについてのみ考えるという「内向性」と「限定性」である。

凄惨な大戦から72年が経った現在、世界はまるで72年前に逆行するように、不和と分断、憎しみや怒りに覆われている。シリアでは、2011年3月より自由と尊厳そして正義を求めた平和的なデモが内戦へと突入し、はや6年が経過している。死者数が47万人を超えたという統計(Syrian Centre for Policy Research)もあり、これまで480万人以上が家を追われて難民となった。2011年以前は79.7歳あった平均寿命も現在は55.7歳を切っていると言われている。

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©Fadi Al-halabi | A Photographer from Syria | My Sincere Thanks to Dear Friend Fadi for the Powerful Pictures.

まさに廃墟と化したシリアにおいて、人々が爆撃の被害に遭い、命懸けで海を越えている様子は皆さんも一度は報道などを通して目にされたことがあると思う。それでも、人々の祈りがシリアの危機的状況に向けられることは極めて少ないと感じる。多くの人にとって、どれだけの人が爆撃で死んでいっても、「どこか遠い国で起こる野蛮な戦争の可哀そうな犠牲者」としてしか映らず、あくまで「他人事」なのであろう。

無論、シリアは物理的にも遠く、そもそも日本にとって馴染みの無い国であるから「自分事」として捉えろという方が無理矢理な要求だとも思う。私自身、日本とシリアの状況は余りにもかけ離れていることを痛感しているし、「自分事」として考えられない人々を責めることはできない。
それでも、現実として、人類史上でも最悪の分類に入るであろう「人道危機」が同じ世界で起きていて、多くのシリアの人々がこの瞬間にも無残に死んでいっていることを知っているにしては、日本における反応は余りにも薄い。
そこにはおそらく心理的要因が大きく働いているのではないだろうか。私自身、ここまで原稿を書く上で犠牲者を単なる「数」として表象、いや切り捨ててきた。これは、私にとって大きな苦痛が伴う作業である。それは、犠牲者数の裏には、そこに生きた一人ひとりの「個の生」が存在しているからである。

日本におけるシリア危機に関する報道のほとんども、戦況や大国の意向など国際政治を主軸にしたものである。もちろんこういった報道はとても重要で有益である。しかし、そこから膨大な犠牲者数の裏にある一人ひとりの姿を想像することは難しい。

皆さんは想像してみたことがあるだろうか。47万人、一人ひとりに名前や顔があるということを。そして、一人ひとりが懸命に生きた「命の物語」を。
「数字」というのは、ある意味でこのような「個の生」を相対化し、私たちの異常事態への危機感覚を麻痺させて行くのではないか。「今日シリアの反体制派地域で30人が爆殺されました」と言われても、おそらくピンとこないであろう。空爆が日常と化したシリアにおいて、「たった30人」が死んでいったとしても、特段の関心は払われないのである。こうして、私たちは何百人、何千人、そして何万人というセンセーショナルな「数字」が登場するまで、ハッとすることはなくなる。しかし、考えていただきたい。30人という数は、現在の日本の学校の一クラスに相当する数であるということ。皆さんの通った学校が爆撃され、級友たち全員が目の前で爆死するという悲劇を。シリアの日常は、そこに衝撃的な「数字」が伴っていなくとも、地獄絵図そのものである。

日々、街に家に空爆が降り注ぎ、別れの言葉も感謝の言葉も伝えることができないまま愛する人の生死すら分からなくなろうとも、家族が目の前で木っ端微塵になろうとも。どうすることもできない絶望の中に、僅かな希望を見出して、シリアの人々は今日も懸命に生き延びている。47万という「数字」の裏には47万人の「命の物語」があったということを忘れてはならないはずである。

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©Fadi Al-halabi | A Photographer from Syria

しかし、日本に暮らす多くの人は、このような現地の人々の生きた感情というものに想いを馳せることも無く、この状況に「無関心」でいるのである。

シリア情勢が熾烈を極めるなか、2016年12月のアレッポ陥落の際には、多くの市民が自身の命の最期を感じながらTwitter上などで包囲されたアレッポ東部に対する、政権側勢力による非人道的攻撃の数々の様子を訴えた。

「爆弾が市民の頭上に降り注いでいます。人々は行くあてもなくただ逃げ回っています。」
「私たちの命を助けてください。アレッポを救ってください。私たちは殺されています。」
「これがお別れになるでしょう。私たちのために立ち上がってくれた人々に感謝します。でも、これで終わりです。数時間で彼らは私たちを殺しに来るでしょう。」
「私は、私たちのために立ち上がってくれた全ての人に感謝をしたいです。もし、来世に行くとしても、私は忘れません。」

これらは実際に上がっていた声のほんの一部である。果たして、私たちはこの最期の叫びに十分に応答したのであろうか。同じ空間にいて、彼らの叫びを共有(Retweet)した人はどのくらいいたのであろうか。

2017年4月にはシリア北西部イドリブ県において化学兵器が使われた。化学兵器の使用は決して今回が初めてではないが、この事件で死者はこれまでに97人、数百人が手当てを受けており、多くの子供も犠牲となった(Human Rights Watch)。

NBC News, “Father Mourns At Grave Of Baby Twins Killed In Suspected Gas Attack”6 April 2017.

この映像は、妻をはじめとする家族、そして愛する双子の子供を化学兵器により失った父親の様子である。このような、あまりにも悲痛な叫びに私たちは十分に応答しただろうか。化学兵器使用問題に乗じる形で米国が実施したシリアに対するミサイル攻撃にばかり関心が集中してはいなかっただろうか。

そして、先日2017年8月12日、「ホワイト・ヘルメット」(White Helmets / Syrian Civil Defense:ホワイト・ヘルメット / シリア民間防衛隊)の隊員7名が正体不明の武装集団に就寝中を襲撃され亡くなった。「ホワイト・ヘルメット」は内戦によって機能しなくなった公的機関や自由に身動きが取れない国際機関に代わり、シリア市民の救護活動に従事する団体だ。救援隊は、大学生、職人、元兵士などボランティアのシリア人で構成されている。アレッポやラタキア、ホムス、イドリブなど、シリア国内100箇所以上に拠点を持ち活動を展開してきた。空爆が行われている最中でも決して怯むことなく、爆撃された建物に飛び込み、瓦礫に埋もれた人々の救出活動や治療を命懸けで行ってきた。これまでシリア全域でおよそ6万人の命を救ったといわれている。2016年8月、アレッポの瓦礫から救出された血まみれの5歳の少年オムラン・ダクニシュ君の映像が世界中を駆け巡った。彼を助け出したのも「ホワイト・ヘルメット」である。命懸けの活動に対して、2016年ノーベル平和賞にもノミーネートされている。

彼らは、情勢が熾烈を極めている現在も活動を継続しており、苦しみを生きるシリアの人々の「ヒーロー」であり、「希望」そのものである。今回の事件は、そのような人々にとってあまりにも衝撃的で、「ホワイト・ヘルメット」が救援活動を展開する街は悲しみに暮れていると聞く。しかし、日本では残念ながら真逆の応答が見受けられる。「ホワイト・ヘルメット」を巡っては、かつてから「アル=カーイダの系譜を汲む組織と協力している」という情報が主にアサド政権支持側から垂れ流されてきた。この日本においても、某大学の教授や研究者がこの件について書籍やウェブニュース、そしてテレビ報道を通して、「ホワイト・ヘルメット」の正体を暴くというような倫理性に欠けるとしか言いようがない情報を無責任にも拡散してきた。それを信じる人々がさらに情報を拡散し、現在ソーシャルメディア上は「ホワイト・ヘルメット」は「テロリスト」であり、救助活動は自作自演であるといった低レベルな言説で溢れかえっている。
Twitter コラージュ今回の殺害事件に際しても、殺害現場の捏造を疑うに留まらず、この期に及んでも「テロリスト」という言葉が並べられている。

私は、これまで一連の「ホワイト・ヘルメット騒動」に対しては沈黙という姿勢を貫いてきた。中東ジャーナリストの川上泰徳氏が「シリア内戦:ホワイト・ヘルメットの人命救助を「ねつ造」とするプロパガンダのうそ」という記事において、詳細な分析の上でこういったプロパガンダ的姿勢を非難しておられるし、ウェブニュースのWIREDから「フェイクニュースはこうして広まる──シリアの人道部隊「ホワイト・ヘルメット」の陰謀説の全貌」という記事が日本語で出ているので、良識のある人であればこれらを読んで騒動の背景と真実を理解できると思ったからである。それでも、鳴り止まない「ホワイト・ヘルメット」叩きは、ついに一線を越えてしまったように思う。

私には、「ホワイト・ヘルメット」隊員の友人たちがいる。以前「なぜ、命を差し出してまで、救援活動に身を投じるのか?」ということを聞いたことがある。彼らは皆「ただ、シリア人としての使命、そして自分の国に対する使命を果たしているだけだ」と語る。「目の前で苦しむ市民を助けるのは当然のことじゃないのか?」とも。特別大層な仕事をしているというようなことを語る者はいない。そのような「当たり前」な「使命」が「ホワイト・ヘルメット」がどんなに危険で過酷な状況でも活動する原動力となっているのだ。彼らの任務は、常に危険と隣り合わせであり、アサド政権も「ホワイト・ヘルメット」を「テロリスト」と批判しているために直接の攻撃対象にもされてきた。ほぼ毎日のペースで、隊員が犠牲となっている。私の友人たちも任務の中で何度も仲間を失ってきているし、なにより愛する人や無実の市民が殺されるのを助けることができなかったという自責の念にも襲われている。精神的なプレッシャーは相当なものであろう。

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©Fadi Al-halabi | A Photographer from Syria

それでも「当然の使命」を語る彼らの人間性は、やはり絶望の中の希望としか言いようがないものだと思う。「ホワイト・ヘルメット」は単なるボランティア団体ではない。真の意味で「人道」を司った組織である。
もちろん、私にとって、彼らはそのような使命を持った善良で崇高な市民の集団であり、到底「テロリスト」などとは考えられない。そもそもこのような混乱した状況下で「テロリスト」という恣意的で曖昧な定義を用いること自体が大問題であろう。
なによりの大前提論として、危機的状況のなか決死の覚悟で活動する人道支援組織を一方的に「政治的枠組み」に落とし込み、論拠も定かでないまま、情報の発信源を検証することもせずにただ批判する行為は、「冒涜」に他ならない。私は彼らの尊厳を踏みにじる一連の行為を徹底的に批判したい。結局のところ、「ホワイト・ヘルメット」を吊るし上げる人々の「関心事」は常に戦況や大国の陰謀であり、彼らがどのような想いでここまで救援を続けてきたのか、彼らがどれほどの悲しみを見つめてきたのか、ましては人の命の重さなどどうでもいいのだろう。それでなければ、これまで幾度とない爆撃をくぐり抜け、「テロリスト」のレッテルを貼られ、愛する家族を失い、それでも瓦礫と化した故郷で、祖国の自由と平和を願い活動を続けてきた7人の人間があまりにも無残な状況で殺されたというニュースをあざ笑うことなどできないはずである。「ホワイト・ヘルメット」はシリア内戦が生んだ最も勇敢で、悲しくも美しいストーリである。これまで6万人を救った彼ら。おそらく救えなかった命の方が多かっただろう。彼らには、その両方の人々の「命のバトン」が叶わなかった夢や希望とともに託されているのだ。

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©Fadi Al-halabi | A Photographer from Syria

ここまで長々とあげてきたのは、シリア危機を生きる人々の叫びにいかに私たちが「無関心」でいたのかというほんの一例である。本文の前半で日本の報道対象の偏りを指摘した。しかしながら、今見てきたように、シリア内戦がこれまでの紛争や内乱と決定的に異なるのは、リアルタイムでの現地からの情報の多さであるという点も合わせて指摘する必要がある。ソーシャルメディアをはじめ、あらゆるところでシリアの人々は現状を訴え続けてきた。今日のこのあまりにも悲惨な状況は、これら「シリアからの叫び」に応答しなかった、私たちの責任でもある。
私は、日本で蔓延する、苦しみの中を懸命に生きる人々の必死の叫びに対する「無関心」をもう一つの「人道危機」と考える。シリアで現在進行形のかたちで進む「人道危機」に対する、私たち一人ひとりの「人道」、「ヒューマニティ」が危機的状況に陥っているということである。この「人道危機」は、無意識のうちに「数字」という忘却の穴に「個の生」の存在を放り込み、重大な戦争犯罪を看過し、最終的にはそれに加担することになり得る。

私は、これまで3年近くシリア危機に向き合ってきた中で、多くのシリア人と知り合った。彼らと接するなかで、最も強く感じているのは、彼らが私たちと同じ尊厳のある人間であるということである。
シリアと聞けば(あるいはイスラム教徒と聞けば)、どこか私たちとは違う「他者」として捉える人も少なくないであろう。しかし、彼らは紛れもなく私たちと同じ人間である。嬉しい時は喜び、悔しい時は憤り、悲しみに触れれば涙を流す。決して物騒でも無いし、野蛮でもない。私が知る限り、愛情に溢れた本当に温かい人たちだ。もちろん、同じシリア人でも生き方は違うし考えも一様ではない。国を離れる人もいれば、故郷に留まる人もいる。武器を取り抗う人もいれば、カメラを回し惨状を世界に伝えようとする人、演劇やアートを介して葛藤を表現する人もいる。それでも、彼らが自由や平和を求めていて、シリアという故郷を愛することに変わりはないのであろう。それは、私たち日本人が一様ではないことと何も変わらない。
彼らが流す血は私たちが流す血と同じ赤色であり、そこにある痛みも同様であるはずだ。そんな同じ人間が、人間らしく生きることを否定され、極限まで痛めつけられ、踏みにじられているのである。
この揺るがない事実に気付くことで、多くの人が「無関心の文化」から踏み出せるのではないかと私は考えている。

2016年12月23日に東京で私が開催したイベント「シリア−戦火と愛の慟哭…その狭間を生きる命『シリア・モナムール』上映会・講演会」 において、一人の「ホワイト・ヘルメット」隊員が陥落した直後のアレッポよりスカイプを通じて登壇してくれた。彼は、凄惨な陥落の様子を伝えたあと、日本の皆さんにメッセージを残している。日本で唯一実際の「ホワイト・ヘルメット」隊員が日本に対してメッセージを発している貴重な映像となっているので、ぜひご覧いただきたい。

いかがだろうか。私は、彼の「私たちは、食料やお金が欲しいと言っているのではありません。ただ自由が欲しいのです」という言葉が胸に突き刺さり、忘れることができない。「自由」。私たちが当たり前のように手にしている「自由」。これが、6年間の熾烈な内戦と3年に及ぶ命がけの救援活動を経験した青年が最も欲しいものである。
私たちは、シリア内戦に対する大国の介入や一部のいわゆる過激派組織(IS)の暴挙に気を取られて、内戦の発端と内戦の残虐さを忘れていないだろうか。どうして、平和的な民衆蜂起が内戦へと突入していったのか。どうして、若者が武器を取らざるを得なかったのか。そもそも、どうして人々が長い沈黙を破り、立ち上がったのか。

あるシリア人青年は、武器を取り「故郷を守る」ことを選んだ。それまでのプロサッカー選手になる夢やキャリアを捨てて。満身創痍となりながらも彼が求めたのは「故郷で家族と一緒に平和に暮らすこと」。別の青年は、大学での学びを諦め、国外に命からがら逃れた。その理由は徴兵制が敷かれているシリアで「誰も殺したくはないから」。
彼らが求め続けるのは、誰もが当たり前に、そして当然の権利として約束されている「人間としての尊厳」に他ならない。私たちは、彼らが生きたかった明日を、彼らが何よりも手にしたかった自由と尊厳を持って生きている。ともすれば、知らないでは済まないことがそこにはある。
そして、この内戦に埋もれている本当の「尊厳をかけた闘い」は、私たちの闘いでもあったはずだ。思い出していただきたい。72年前の大戦の中で、どれだけの日本人が否応なしに尊厳を否定されていったのか。そしてどれほどの人が日本の侵略行為のなかで尊厳を奪い取られていったのか。私たちが彼らの犠牲の上に生かされているとしたら、今この瞬間にも燃え尽きる尊厳の闘いとその狭間で生きる命に想いを馳せることは「当然の使命」であり故人への弔いではないだろうか。私たちが長い長い戦争の果てにようやく手にした平和への決意がいま問われているのだと、今日の「終戦記念日」を経て思わずにはいられないのである。

ここに述べてきたような意見は、これまで、「理想主義で中立性に欠ける」或いは「『テロリスト』に肩入れしている」として批判されてきたし、恐らくこれからも同様の批判に晒されるであろう。しかし、そのような批判は、自ら「人間性の喪失」を露呈している以外の何物でもないのではなかろうか。これだけの絶望の中でも、未だ自由と平和への希望を抱いている人々がシリアに大勢いるにもかかわらず、私たちが希望を失ってどうするのであろうか。私は彼らと共に理想を掲げ続けたい。そして、中立性なんかを保つあまり「人間性」を失った人間に、私は絶対になりたくはない。

そして私は、苦しみもがきながら生きたくても生きられなかった命の重さ、尊厳のある人間として最期を迎えられなかったすべての人々を想い、また、この瞬間にも恐怖に怯えながらシリアを懸命に生きる尊い命の鼓動を胸に刻み、祈りを捧げる。何が傷ついたシリアを癒すのかという問いには、私たちが関心を抱き続けること、そしてそこから生まれる「愛」を灯し続けることと答える。遠い日本から自分たちのために声を上げ、祈る人々がいるという事実はどんなに激しい空爆、どんなに卑劣な弾圧にも負けない希望となり立ち上がる力となれるのだ。

この8月、平和への祈りの輪が、絶望に覆い尽くされるシリアを生きる一人ひとりに届けられることを、願わずにはいられない。

敗戦より72年目の8月15日